ZIPANG-3 TOKIO 2020 「 松江藩大鉄師『絲原家』  とは・・・絲原記念館・登録有形文化財住宅・国名勝庭園について 【第四話】」

はじめに 記事をお届けするに当たり、この度の北海道における地震災害、関西地方ならびに中国四国・九州地方における大雨・地震災害で未だ行方不明、並びに亡くなられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。


現代、日本海側は『裏日本』とか『鄙(ひな)の国』などと言われていますが、遠い昔、弥生時代(紀元前4~500年から 紀元後300年くらい)は日本海側が『表日本』であり、日本海を通じて様々な交流が行われていました。   


天平5年(733)に編纂された『出雲国風土記』の仁多郡(現在の奥出雲町にあたる)の条に三所(みところ)郷(のさと)・布勢(ふせの)郷(さと)・三沢(みざわの)郷(さと)・横(よこ)田(たの)郷(さと)あわせて4郷が所在し、「諸郷(もろもろのさと)より出(いだ)すところの鉄(まがね)堅(かた)くして、尤(もっと)も雑(くさぐさ)の具(もの)を造(つく)るに堪(た)ふ」と記しています。

絲原家のたたら製鉄を行っていた頃の住宅に併設していた高殿の風景


このことは、その当時から盛んに製鉄が行なわれていたことを示すとともに、当地方で産する鉄の優秀性を物語っています。そして、今日もなお世界で唯一“たたら製鉄”の炎があがる町として全国に周知され、その技術は国選定保存技術に選定されているのです。  


歴史的に見ると、近世・近代にかけて奥出雲地域は、我が国の鉄生産の中心地として隆盛を極め、たたら製鉄で栄えた地であります。 また、松江藩の鉄政策により、櫻井(さくらい)家、絲(いと)原(はら)家、ト蔵(ぼくら)家という大鉄師(だいてつし)(たたら経営者)を産みだし、櫻井家住宅は国重要文化財に指定され、絲原家住宅は登録有形文化財に登録されるなど、鉄師頭取の佇まいを今に残しています。


本号では、奥の地・奧出雲地域の大鉄師「絲原家」から順にご紹介してまいります。


絲原家とは

◆元松江藩 鉄師頭取 “絲原家”

約400年の歴史をもつ絲原家の次期当主 16代絲原丈嗣氏

絲原家は中世武家の一門で、初代善左衛門が江戸時代初期に備後国(広島県)から郡内大馬木村に移住。帰農して、間もなくたたら製鉄も始め、江戸時代中期に9代忠三郎が現在地にたたらの主力工場である高殿(鉄穴鈩)と居宅を移し、今日に至っています。

絲原家住宅黒門
鉄師の居宅。美しい出雲流庭園は江戸時代末期から築庭にかかり、約50年かけて完成したといわれる。(国・名勝の出雲流庭園は、本号の後半でご紹介)


約400年の歴史をもつ絲原家の現当主は15代絲原徳康氏です。藩政期には松江藩の5鉄師の一人に任ぜられ、鉄師頭取も務めました。大正時代後期に、洋式製鉄の普及により約280年間燃やし続けて来たたたらの火を消し、家業を山林業に転換しました。その間、12・13代絲原武太郎氏は貴族院議員として国政に参画し、国鉄木次線(現JR)の開通に尽力しました。14代絲原義隆氏は半世紀にわたり地方自治にたずさわりました。


◆たたら製鉄って?

映画“もののけ姫”にも登場する【たたら】は、その語源ともなったとされる中央アジアのタタール人が考案した砂鉄と木炭を粘土製の炉内で燃焼させ、砂鉄中の不純物を還元分離して、鉄(銑鉄と鋼を得る古式製鉄法のことです。わが国には古墳時代に中国大陸から伝来し、洋式製鉄が普及する大正時代まで行われました。

長塩雪山筆「金屋子神」(部分)

その2大原料である良質な砂鉄と、豊富な木炭資源を有するこの奥出雲がその生産地として、江戸時代末期には全国の約30%を生産していました。


絲原家敷地内のプロムナード
路の向かって左側は絲原記念館や絲原記念館駐車場内の売店「砂鉄(こがね)」等があり、
右側には、国名勝庭園や絲原家住宅、茶室、米倉などがあり見学することができます。

絲原家敷地内のプロムナードの先にある洗心乃路
洗心乃路は山野草や木立の散策路になっています。
散策路の入口には二つの茶室があります。不昧公も茶の湯を楽しまれたのかな…
プロムナードの後ろ側には黒門と金谷子神社の小祠があります。

金谷子神社の総本山は安来市にあり、昔の伝統を頑なに守るたたら職人をはじめ、鉄に関わる様々な人々の信仰を集めています。
宅地北の林の中に祀られた小祠。桁行・梁間各1間,切妻造,妻入で,切石積基壇上に建っています。軒は二軒繁垂木,屋根は銅板葺。小規模ながら組物,蟇股,懸魚など彫刻化された細部の派手な造りで,たたら製鉄守護神を祀るものとして鉄師屋敷の象徴的な施設となっています。 


絲原記念館

◆製鉄師の資料館

記念館は、昭和55年(1980)に開館した、たたら製鉄師であった絲原家の歴史を紹介する資料館です。たたら資料のほか、家伝の美術工芸品や有形民俗資料・古文書などを展示公開しています。

たたら製鉄模型



館は土蔵を模した第1展示棟と、大正11年(1922)に上棟した布団蔵を改装した第2展示室からなります。


第1展示棟は「たたらコーナー」と「有形民俗資料コーナー」「簸上鉄道コーナー」に区分され、「たたらコーナー」には可動模型のほか、たたらの原材料、用具・製品などが、写真・図面とともにわかりやすく解説展示しています。


また「有形民俗資料コーナー」には藩政期農民でありながら、松江藩の五人扶持士分格という特異な階級でもあった絲原家に伝わる儀礼用具・嫁入り道具をはじめとする家具調度・什器や衣類などが季節に合わせて展示されています。 


第2展示棟は「美術工芸品コーナー」で、春・夏・秋と年3回の展示替えを行い、2階には立体展示コーナーも設け、松江藩主来駕時の膳部の様子を展示しています。


主たる館蔵品は松江藩主からの拝領品を含めた、藤原定家筆「明月記断簡」(県指定文化財)、茶聖・千利休筆の書状、大名茶人・松平不昧作の書幅や茶杓、雲州蔵帳登載の茂三茶碗「銘・秋風」をはじめとする茶道具。


池大雅筆「指頭山水図」、円山応挙筆「孔雀図」、長沢蘆雪筆「芭蕉図」、田能村竹田筆「梅渓艤舟図」などの円山四条派や文人画を中心とする絵画。


松江藩お抱え漆匠・漆壺斎や勝軍木庵作の漆器。明・清・李朝や伊万里焼の陶磁器など多岐にわたっています。


絲原記念館売店 「砂鉄」

たたら製鉄で栄えた地
島根県奥出雲町 絲原記念館駐車場内 売店「砂鉄(こがね)」
手打ち包丁や土産物、骨董品を取り扱っています。

記念館に付設する売店では、この地で採取される砂鉄を原料とした手打ち包丁(雲州忠善)や奥出雲特産の蕎麦など、各種取り揃えています。


雲州忠善について

川島久忠(かわしま ひさただ)氏

昭和28年3月(1945年)鍛冶職に弟子入り。以後、この道一筋を歩む。平成9年(1997年)に文化庁の美術刀剣制作証認を受け、美術刀剣制作も行い新作刀展に出品し入選する。平成9年10月(1997年)島根県ふるさと伝統工芸品の指定を受け「雲州忠善刃物」の製造者となる。
平成31年(2019年)現在鍛冶職 66年となる。


観光案内所を併設していますのでお気軽にお立ち寄りください。

営業時間 9:00~16:00 定休日 不定休
島根県仁多郡奥出雲町大谷856 ☎0854-52-3335



絲原家住宅

絲原家の出雲流庭園が国の名勝に指定!
平成30年6月15日(金)、国の文化審議会より、絲原氏庭園を新たに国の登録記念物(名勝地関係)に指定するよう答申が出されました。

絲原家庭園

絲原家住宅「書院」
三間続きのお座敷の欄間に奥出雲の象徴を表現。
出雲国風土記※八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣つくる その八重垣を…ご当主が欄間に込めた想いとは・・・

※現存する風土記の 出雲・豊後・肥前・播磨・常陸「五つの風土記」の中で完本に近い形で今日に伝わっているのは「出雲国風土記」だそうですよ~

真青な空に、庭木の緑、石州瓦の赤がよく似合っていますね~

奥出雲の山々を借景とした絲原家の庭園は全庭1,188㎡(約360坪)の中に72㎡(約22坪)の池泉を有する池泉回遊式の出雲流庭園です。この場所は元はたたらの原料の砂鉄を採取した跡地で、江戸時代末年頃から築庭にかかり、約50年後の明治時代中頃に完成したものです。大正末期の主屋新築の際に庭園を整備され、その主要な部分が現在まで残っています。 庭園の特徴は書院前の飛び石組手法(細長い短冊石と丸い石の組み合わせ)にあります。これは大名茶人・松平不昧公が京都より招いた庭師・沢玄丹が考案したものといわれています。

出雲地方の特色ある意匠や植裁が確認され、その価値が明らかになったことから登録が行われました。

なお、庭園内には四畳半台目の茶室“為楽庵”(非公開)があります。
四季の移ろいも美しい、絲原家の庭園をぜひご覧ください。

絲原家住宅待合~大徳寺真珠庵庭玉軒写しの茶席の待合~
南蔵のすぐ西にあり,もと南東方にあった大徳寺真珠庵庭玉軒写しの茶席の待合として建設されました。軸部,軒,造作材全てに丸太,曲木を用い,屋根は杉皮葺で,押えや棟に竹を用いた軽快な造りになります。小規模な施設ですが,主屋南東の池泉庭園の点景となっています。

前座敷の南方,東の道沿いに建つ。桁行8間,梁間3間,土蔵造,2階建で,石州瓦による置屋根。西面に戸前2口を開くが,屋内は間仕切を設けず1室となっています。漆喰塗で,腰部,4隅,また水切瓦上を海鼠壁とするなど,屋敷の表構えに相応しい外観を造っています。

絲原家住宅前屋敷
主屋東方の庭園に面して建つ。入母屋造の身舎周囲に庇を廻らした形式で,全体をこけら葺としてあります。規模は大きくないが精緻な造りの本格的な書院建築で,主屋同様座敷3室を一列に並べる。その北に床棚を備え,格天井とする和風を基調とした洋間をとるのも特徴です。

絲原家住宅米蔵
主屋の北西に隣接。桁行5間,梁間3間,土蔵造,2階建で,石州瓦による置屋根となっています。戸前となる東面には全面に瓦葺の庇を付けています。外壁は漆喰塗で,腰を海鼠壁としてあります。1階床を高く張ったたちの高い外観をもち,主屋とともに屋敷北部の構えを形成しています。

敷地中央に東面して建つ。入母屋造の主体部の周囲に庇を廻らし,正面に式台玄関を突出。地元民家の形式を踏襲しつつ間口30mに及ぶ大規模建物で,良材を用いた本格的な書院座敷には近代大工技術の粋が見られる。屋根は石州赤瓦、設計小笠原祥光、棟梁は地元の高田榮蔵です。

絲原家住宅御成門
前座敷と南蔵の間に建っています。藩主御成のための門で,前座敷建設時に西方から曳屋したとされます。棟門形式,桟瓦葺で,両脇に桟瓦葺屋根をかけ腰を簓子下見張とした袖塀が続きます。内法高が低く簡素な形式の門でありますが,前座敷,南蔵と並び屋敷の表構えに欠かせない建物です。

絲原家住宅塀
宅地の北東隅部を矩折に仕切る。切石積基壇上に土台を置き,1間毎に柱を立て,各柱上部の短い腕木で出桁を受け,桟瓦葺の屋根をかけてあります。上半を漆喰壁,下半は下見板張仕上げです。御成門への導入路に沿って長く続き,屋敷の構成要素として欠かせない建造物であります。


奥出雲町見どころ

鬼の舌震 散策

鬼の舌震は黒雲母花崗岩地帯で、これを斐伊川の支流大馬木川の急流が、長年にわたり浸食し、また節理や甌穴によって造られた約2㎞にわたるV字狭谷です。河岸には切り立った絶壁、谷底には折り重なる巨岩と川の流れが生み出した侵食地形が特異な景観を作り出し、国の名勝・天然記念物に指定されています。

2013年に高さ45m、長さ160mの「舌震“恋”吊橋」とバリアフリー遊歩道が全開通し、宇根駐車場から下高尾駐車場まで全道がバリアフリー化され、車いすでも奇勝を見る事ができるようになりました。


かつてこの地には玉日姫という美しい女神が住んでいたとされています。その女神をワニが慕い、夜な夜な通ってきたのですが、それを嫌った女神は巨岩で川をせき止めて阻んでしまいました。その後、ワニは一層激しく姫を恋い慕い、「ワニが慕った」が転じて『鬼の舌震』という名前になったといわれています。

絲原家記念館・住宅から車で6~7分のところにありますので見学の折には、全道がバリアフリー化された鬼の舌震をのぞいてみて下さい。


続く・・・


鎹八咫烏 記
伊勢「斎宮」の明和町観光大使



協力(順不同・敬称略)

公益財団法人 絲原記念館
〒699-1812 島根県仁多郡奥出雲町大谷856TEL0854(52)0151

一般社団法人奥出雲町観光協会〒699-1511島根県仁多郡奥出雲町三成641-22
(JR木次線出雲三成駅構内)TEL 0854-54-2260

安来市観光協会
〒692-0011 島根県安来市安来町2093-3 (観光交流プラザ内) TEL:0854-23-7667

奥出雲町役場(農業振興課)
〒699-1511 島根県仁多郡奥出雲町三成358-1 TEL 0854-54-2513

文化庁 〒100-8959 東京都千代田区霞が関3丁目2番2号電話番号(代表)03(5253)4111


 ※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。



ZIPANG-3 TOKIO 2020

2020年東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この機会に、世界の人々にあまり知られていない日本の精神文化と国土の美しさについて再発見へのお手伝いができればと思います。 風土、四季折々の自然、衣食住文化の美、神社仏閣、祭礼、伝統芸能、風習、匠の技の美、世界遺産、日本遺産、国宝等サイトを通じて平和な国、不思議な国、ZIPANG 日本への関心がより深かまるならば、私が密かに望むところです。

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