はじめに 記事をお届けするに当たり、このたび関東地域を直撃した、強烈な台風15 号による被害は特に炎天下、長期間の停電復旧の遅れで、亡くなられた方々を始め、多岐に亘って被災された皆様へ心よりお見舞い申し上げます。
スウォッチAG は本年10 月3 日、約5 年の施工期間を経て竣工した新社屋(スイス・ビール市)にて、この度お披露目を兼ねた盛大なる落成式が執り行われました。
この、世界最大級の木材構造建築物となる新社屋を設計したのは、日本人建築家、坂 茂氏。
この新社屋は創業1983年、あの世界中の若者を魅了した、お手頃価格ながら美しくファッション性の高いSWATCH のように既成概念にとらわれず、時代のニーズの本質を追求した建築物で、スウォッチAG 社史に新たなページを刻むこととなりました。
イタリアのミラノドーモを完成させたスイス伝統の木工技術は、その頑な基本理念を貫く姿勢においてこそ、見事に伝承されていると拝察した次第です。
Swatch(スウォッチ)とは
「Swatch」の「S」は、「Second」の頭文字。
1983年にスイスで誕生。 日本へは、1985年に上陸いたしました。 高価で精密な機械式ではなく、新しい発想、個性的で斬新、そして何より「プラスチック」という素材に象徴される“柔軟”なアイデアからSwatchは生まれました。
高価な時計を1本だけ持つのではなく、服装や場所、シチュエーションに合わせて時計をいくつも持ちながら、洋服のように替えるべきだというのがSwatchのコンセプトです。
リーズナブルなプライスとクオリティの高さ、そして年に2回「春夏」「秋冬」コレクションを発表するという豊富なバリエーションによって、最新トレンドを反映したデザイン性の高い腕時計を次々と世に送り出しています。各デザインは1度のみの生産となるため、世界中に数多くのコレクターが存在しています。
スウォッチは、スイスメイドによるクオリティの高さながら、リーズナブルなプライス、そしてカラフルでポップなデザインが特徴の時計です。
スウォッチ・グループは2007 年に竣工した東京・銀座のニコラス・G・ハイエック センターの建設で、坂氏と初めてコラボレーションをしています。
これに続く2011 年、坂氏の設計が、スウォッチ・グループが実施したスウォッチ社屋、オメガ社屋およびCité du Temps(シテ・ドゥ・タン)の設計コンペティションで選ばれました。
独創的でありながら実用性も兼ね備えた建築コンセプト、そして各建物において各ブランドの精神を尊重する能力が高く評価されました。坂氏はさらに敷地の文脈も考慮し、プロジェクト全体に反映しています。
建物
なめらかに光を反射し美しい曲線を描くスウォッチ本社屋の全長は240 m、幅は35 m、高さは最も高い位置で27 mにおよびます。従来のオフィスビルの概念を覆すデザインが想像力を掻き立て、まるで芸術作品のように見る人に建物の解釈を委ねてきます。一方で、建物を取り巻く周囲の環境にも美しく調和するよう設計されています。
総面積11,000 ㎡の広大なヴォールト形状をしたファサードは、エントランスに向かってゆるやかに上昇し、Cité du Temps(シテ・ドゥ・タン) へと繋がります。建物内外には、曲線、色、透明性など様々な要素が散りばめられており、建築材料も通常とは異なった使われ方をしています。
ファサードをかたち作るのは、木造のグリッドシェル構造です。環境への配慮と持続可能性の実現のため選ばれたのが、木という伝統的な素材でした。自由度の高い建材である木は、極めて高い精度の加工が可能です。これはミリ単位の精度が求められたこのプロジェクトに不可欠な要素となりました。木材を用いることで、設計段階から最新の3D テクノロジーを用い、4,600 に上る個別の木部材の形状と設置箇所を精密に定義することが可能となったのです。
個々の梁は完璧な精度で組み上げられています。木造グリッドシェルはオフィス空間の外皮の役割も果たすため、多種多様な技術的要件も満たす必要がありました。そのため、各種設備配管のネットワークが木製の梁に直接組み込まれ、ファサード全体に張り巡らされました。
2,800 個に及ぶファサード・エレメントの取り付けは、木構造の組み立てが終了する前に開始されています。各エレメントは最大50 のパーツで構成され、それぞれの機能および設置される位置に基づき個別に設計されました。エレメントの種類は大きく分けて、光を完全に遮断するソリッド・パネル、そして光を通す半透明および透明パネルの3 種に分類できます。
ソリッド・パネルには、極めて耐候性の高い膜材が使用され、主として日射を防ぐ必要のあるファサード頂部を中心に配置されています。一部は排煙のため開閉可能になっており、太陽光パネルが装備されているものもあります。
半透明タイプのパネルは、薄い二枚のフィルムに覆われています。フィルム間を空気で満たしクッション状に膨らませることで形状を安定させ、その内部に断熱層として中空のポリカーボネートパネルを内包しました。雪や氷の重量にも耐えるこのクッションは、常時少量ずつ給気することで適度な張力が保たれています。
透明パネルには、断熱のため全4 枚のガラス板が採用されました。中間層にはロールブラインドが組み込まれています。半透明パネル同様に常時給気することで、結露の発生を防いでいます。
ファサードには、10 ~ 20 ㎡の階下を見渡すバルコニーが計9 カ所設置されました。ガラス製ファサード上の小さな白いドット模様が直射日光を防ぎ、天井には精密な穿孔を組み込んだ124 個の木製スイス十字が散りばめられ、オフィス内の音響環境を整える役割を果たしています。
建物内部
スウォッチ本社屋の延べ床面積は25,000 ㎡。スウォッチ・インターナショナル社およびスウォッチ・スイス社のすべての部署が入ります。4 つの上方階の床面積は階が上がるごとに減少し、ガラス製の手すりが設置された各階のギャラリー部分から下の階を見渡すことができます。また通常の職場スペースに加え、多種多様な共有エリアも建物全域に設置されています。
地階のカフェテリアはスウォッチ社員およびその顧客に開放されているほか、随所に休憩スペースが設けられています。プライバシーを尊重した空間としては、個別の「アルコーブ型キャビン」が設置されました。キャビンは最大6 名で利用でき、電話や作業に集中する必要がある際に利用できます。3 階を奥に進むと、どの階にも行けない階段「読書用階段」に突き当たります。大きく開けた「読書用階段」からの眺めを前に、想像力を働かせるために休憩をとったり同僚とブレーンストーミングをしたりと、様々な目的で使用できます。
また建物内には、2 階に届く程の高さの5 本のブラックオリーブの木も配されました。ブラックオリーブは室
温で育つ常緑樹で、一年中見事な葉を維持してくれます。地下には、テクニカルルーム、換気センター、アーカイブに加えて、地下駐車場があり、自動車170 台、自転車182 台を収容できます。
ロビー
ゆったりとスペースをとったエントランスエリアには、高さ27 mに達する全面ガラス窓が設けられ、開放的で明るい空間が広がります。このガラスのファサードは天井を構成するグリッドシェル枠に合わせるため蛇腹折りのような形状をとり、これにより強い風圧にも耐えられる構造となっています。
ガラス窓の下部には、自動で開閉する5.5 mのガラス製シャッターを設置しました。このシャッターは、風圧に十分な耐性を持ち、断熱効果も高く、完全に開放可能なガラスのファサードとしての機能を果たしています。ロビー内にはガラス製エレベーターが2 基設置され、3 階のギャラリーからはエントランスエリアが見渡せます。
4 階に設置されたガラス製のスカイウォ-ク(空中歩道橋)は、スウォッチ本社とCité du Temps(シテ・ドゥ・タン)をつないでいます。
(上から5枚目の写真の丸くて赤い屋根の建物の位置を確認してみて下さい。)
持続可能性
すべての建物は、地下水を利用した冷暖房や太陽光発電システムにより、二酸化炭素排出量の削減に貢献しています。その他にも、ベロスポット・ステーションでの電動自転車の共有・充電、自動制御の日よけ、断熱効果の高いガラス窓、LED 照明、高効率の換気システム、輻射冷暖房およびペーパーレス化など、持続可能なオフィスの実現に向けた取り組みがなされています。最新技術を駆使したスウォッチ社の新社屋は、最先端の建築とワークスタイルが環境保全と両立可能なことを示しています。
またファサードの木材にはスイス国産の木材のみが使用され、品種は主にスプルース※が選ばれました。使用木材量は合計1,997 ㎥におよびますが、これは、スイスの森では2 時間足らずで再成長する木材量にあたります。新社屋全体の使用エネルギーは、太陽光発電による熱源と地下水利用を中心にまかない、スウォッチ本社およびCité du Temps(シテ・ドゥ・タン)共に、換気、冷暖房、照明といった建物の機能が自律的に働くようになっています。
スウォッチ社は隣接するCité du Temps(シテ・ドゥ・タン)と、2017 年に操業開始したオメガ・ファクトリーと熱源を共有しています。地下水の汲み上げ用井戸が建物内に9 基設置され、旧貯油タンク2 個が貯水槽に改造され活用されています。さらに総面積1,770m2、442 個の曲面状のソーラーパネルがファサードのハニカム構造に組み込まれ、年間212.3MWh の発電が可能です。これはスイス国内61 世帯の年間平均電力使用量に相当します。
Cité du Temps (シテ・ドゥ・タン)
建物の大きさは80 m x 17 m x 28 m。
スウォッチ社の新社屋とは異なる趣を持ちつつ、本社屋と美しい調和を見せるよう設計されました。すべて木造で構成された2 階より上の空間とは対照的に、地上階には15 mスパン5 mピッチで配された14 組のコンクリートアーチが並ぶピロティが広がります。2 階にはオメガミュージアムが、3 階にはプラネット・スウォッチが配されています。最上階の5 階にはスウォッチグループ専用のニコラス・G・ハイエックカンファレンスホールがあり、そのユニークな楕円の形状とスウォッチ新社屋から繋がる木造グリッドシェルの屋根が、ひと際目を引くデザインとなっています。
※世界の木材 スプルース
英名Spruce (スプルース) 学名 Picea sitchensis (シトカスプルースの場合の学名)
スプルースは40種類以上もあるピセア種の総称で学名のピセアは樹脂を意味しています。 樹皮、木、葉、球果にたくさんの樹脂を作り、その量は針葉樹の中では松に次いで多い。
生息地はヨーロッパから、南シベリア、北米まで。
樹高は60mにもなり、多くは日陰に生息し、樹自体もおのずから深い影を作ります。
日本でなじみ深いのはシトカスプル-スです。シトカは北米の西海岸側が主な産地名になります。西海岸の北米先住民は、柔軟な根と若い樹の小枝でバスケットや家庭用品を作っていました。
現在では一般建築用、造作建具、合板、楽器材などに用いられています。無味無臭なので食品梱包用に適した木になります。
木肌が白色で光沢をもつため、最も重要な新聞紙のパルプ原料でもあります。
しかし、やや桃色を帯び時間の経過とともにかなり濃色になるものもあります。
加工、仕上がりとも良く、乾燥も早く、強度的にも優れるが耐久性はやや低い。
音響特性にも優れ、ギターの表板など弦楽器のトップ材として定番となっています。ピアノの音のよしあしは木の響板の材質で決まってしまうが、この木は楽器用材の中で一番比重が小さく、音響伝播速度が速い。そのためピアノ材としても最適で、高級ピアノに利用しています。また、ヤマハのスピーカボックスには、コーン紙に世界で初めてスプルース100%使用した30cmウーファー付きのものがあります。
節のないシトカ・スプルースは比重のわりに強度が高いといった特徴にも目をむけられ、グライダーの骨組み、ボートのオールやマストなどに使われています。
つい最近までこの木は最も強度が高く、軽くて強い材料でありました。
有名なハワードヒューズが製作した世界最大の飛行機スプルース・グースは全幅98mもある木造の飛行艇で、その名のとおりスプルースを使っていたのです。オレゴン州ポートランドのエバグリーン社の航空博物館にいまも展示されています。
また、ライト兄弟が人類初の動力飛行機に使った木はスプルースです。
最近では、読売テレビが主催し琵琶湖畔で開催している鳥人間コンテスト選手権大会にもスプルースを使用した機体をよく見かけます。
クリスマスツリーの正体はノルウエイ・スプルースなのです。
ホワイトスプルースも北米で原住民の生活に深くかかわった木であり、根が非常に柔軟なのでカヌーを縫い合わせるために使われていました。
バスケット、雪靴などまでも根っこを使って縫っていました。
また、民間医療として樹脂などは雪盲のうずき、火傷、切り傷、ただれ、はれものやおでき、膿瘍の治療にも適用されています。
また、樹皮の内側は傷の悪化したものなどの外傷用薬用材〔包帯〕として使っていました。
ノルウエイ・スプルースは植林に広く使われていて、英国では1500年ごろから植林されていました。
スプルースという名前の由来はこの木にあるとされ、英国にノルウェイスプルースが紹介されたときに、当時の産地のプロシア(Prussia)王国が"プルース"と呼ばれていたことに端を発するといいます。
しかし日本では「クリスマスツリー=モミ」だと思っている人が多いようですが、ほとんどはノルウエイ・スプルースが使われているのです。
ヨーロッパでもクリスマスツリーとして重宝されています。
建築家 坂 茂氏
1957 年東京生まれ。2014 年にプリツカー賞を受賞した国際的な建築家です。
坂 茂氏の設計は繊細かつ慣例にとらわれない構造を特徴とし、建築における技術革新のみならず災害支援への多大なる貢献で広く知られています。
ファサード:
- ファサード表面積は11,000 ㎡
- スイス産木材100% を使った4,600 本に上る木部材
- それぞれ異なる機能を持った10 種類、2,800 個のファサードパネル
- 10 ㎡~ 20 ㎡のバルコニー9カ所
ロビー:
- 高さ22 m
- 高さ22 mに達する蛇腹折り状の全面ガラス窓
- 全開することで、ロビーと外部空間を一体化できるガラスシャッターが4 基(それぞれの重量は約1 トン)
建物:
- 長さ240 m、幅35 m、高さ27 m
- 総階数5 階、延べ面積25,000 ㎡
- 5 本のブラックオリーブの木(学名Bucida buceras)
- 地下駐車場は170 台の自動車、182 台の自転車を収容可能
持続可能性:
- スイス産木材100%、主にスプルースを使用
- 使用木材量1,997 ㎡:スイスの森では2 時間足らずで再度成長する木材量に相当
- スウォッチ本社、オメガ・ファクトリーおよびCité du Temps(シテ・ドゥ・タン)すべてで、地下水活用シ
ステムによる建物の冷暖房を採用。地下水くみ上げ用の井戸は9 基、旧貯油タンクを改造した貯水槽は2 個
- 曲面状のソーラーパネル442 枚、太陽光発電設置面積は1,770m2
屋外施設:
- 120 本を超える木が新しく植えられた緑地
- 最大時速が30km に制限された交通緩和ゾーン
- 世界初のドライブスルー方式のスウォッチ・ストア
- ビール市の自転車レンタルシステムであるベロスポット・ステーション10 カ所
Cité du Temps (シテ・ドゥ・タン):
- 長さ80 m、幅17 m、高さ28 m
- 地上階は、15 mスパン、5 mピッチのコンクリートアーチが14 組連続したピロティ空間
- 3 階には「プラネット・スウォッチ」、2 階には「オメガ・ミュージアム」が配された。
- 5 階には、400 人収容可能な楕円形のカンファレンスホール。全床面積は350 ㎡。
- 約150 万個のモザイクタイルが曲面のカンファレンスホールを覆う。
- 2 階から上はすべて木造。カンファレンスホールの上に、スウォッチ本社から繋がる木造グリッドシェルの
屋根がかかる。
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