ZIPANG-3 TOKIO 2020 ~令和元年日本遺産認定~「1300年つづく日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼~」

はじめに 記事をお届けするに当たり、先の北海道における地震災害、関西地方ならびに中国四国・九州地方における大雨・地震災害で未だ行方不明、並びに亡くなられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。


≪1300年つづく日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼~≫

究極の終活とは,ただ死に向かって人生の整理をすることではない。人生を通して,いか に充実した心の生活を送れるかを考えることが,日本人にとっての究極の終活である。そし て,それを達成できるのが西国三十三所観音巡礼である。


日本人は海外の人から『COOL!』だと言われる。そのように評価されるのは,優しさ,心遣い,勤勉さといった日本人の本来の心であり,実はそれは日本人が親しんできた「観音さん」の教えそのものである。観音を巡り日本人本来の豊かな心で生きるきっかけとなる旅,それが西国三十三所観音巡礼なのだ。


新元号慶祝 

新元号は万葉集「梅花の歌」からの出典である「令和」。
奈良時代にまとめられた日本最古の歌集、万葉集には、4500首もの歌が収められ、その歌は、当時の天皇や皇族、歌人、農民など、身分を問わず集められたものです。自然に敬意を払い、その中で生きる。日本人が培ってきた豊かな文化と伝統を象徴している唯一無二の国書からの出典。


梅は、春に可憐な花を咲かせ、その花は幸せな香りを放ち、風にのって運ばれる。希望に満ちた、おおらかでやさしい風が吹く時代となりますよう、日本最古の観音霊場、西国三十三所よりお祈りいたします。

                            西国三十三所札所会


石山寺 千日会(滋賀)

長谷寺 本堂・ぼたん(奈良)

谷汲山 華厳寺(岐阜)


西国三十三所巡礼とは

718年(養老2年)、観音菩薩が人々を救うために示したと伝わる観音霊場のルーツです。その後、「観音菩薩は33の姿に身を変えて人々を救う」という教えのもと「西国三十三所」と総称され、各寺院は「札所」となって順番に参拝する巡礼文化を生みました。


その総距離は約1,000キロメートルに及び、和歌山県、大阪府、奈良県、京都府、滋賀県、兵庫県、岐阜県の2府5県を包括するように伸びています。その三分の一が中世日本の首都・京都に集中していることを背景に、「西国三十三所」が生んだ観音信仰と巡礼文化は全国に広がりました。


現在、観音菩薩の美しさは海外の注目も集め、多くの外国人が訪れる巡礼道になっており、「西国三十三所」は1300年という節目とともに新しい時代の扉が開かれました。


「西国三十三所草創1300年記念事業」ロゴマークです。観音様が三十三所巡礼道をまとうイメージを表現しています。


日本最古の巡礼所33寺院「西国三十三所」 (都道府県別/札所番号)

【和歌山県】 1番 青岸渡寺  2番 金剛宝寺(紀三井寺) 3番 粉河寺

【大阪府 】 4番 施福寺  5番 葛井寺  22番 総持寺

【奈良県】  6番 南法華寺(壷阪寺) 7番 岡寺  8番 長谷寺 9番 興福寺 南円堂

【京都府】 10番 三室戸寺  11番 上醍醐 准胝堂(醍醐寺) 15番 今熊野観音寺

【京都府】 16番 清水寺    17番 六波羅蜜寺  18番 六角堂 頂法寺

【京都府】 19番 革堂 行願寺   20番 善峯寺   21番 穴太寺

【京都府】 28番 成相寺    29番 松尾寺

【滋賀県】 12番 正法寺(岩間寺)  13番 石山寺  14番 三井寺

【滋賀県】 30番 竹生島 宝厳寺   31番 長命寺   32番 観音正寺

【兵庫県】 24番 中山寺   25番 播州清水寺   26番 一乗寺   27番 圓教寺

【岐阜県】 33番 華厳寺


1番 青岸渡寺

那智山 青岸渡寺 本堂

那智山 青岸渡寺 三重塔と滝 飛滝権現の本地仏の千手観音を三層に祀ってあります


「補陀洛や岸打つ波は三熊野の那智のお山にひびく滝つ瀬」と御詠歌で親しまれている西国第一番の礼所であります。


当山の縁起によるとその開基は仁徳帝の頃(4世紀)、印度天竺の僧、裸形上人が那智大滝において修行を積みその暁に瀧壷で八寸の観音菩薩を感得し、ここに草庵を営んで安置したのが最初です。


その後、200年推古天皇の頃、大和の生佛上人が来山し、前述の話を聞き一丈(3m)の如意輪観世音を彫み、裸形上人が感得した八寸の観音菩薩を胸佛に納め勅願所として正式に本堂が建立されたのです。


平安朝中期から鎌倉時代は、「蟻の熊野詣」といわれ、熊野三山の信仰が盛んになり、この時、65代花山法皇が三年間山中に参籠され那智山を一番にして近畿各地の三十三観音様を巡拝されましたので、西国第一番礼所となりました。


現在の本堂は、織田信長南征の兵火にかかり、天正18年(1590)豊臣秀吉によって再建され、桃山時代の建築をとどめ紀南で一番古い国指定の重要文化財建造物で、この堂の高さは18mで、大滝の落口の高さと同じであるといわれています。


青岸渡寺尊勝院は、那智山開山の裸形上人像と如来像を安置。中世以降は天皇、皇族の熊野詣での宿泊所にあてられていました。不開門は同院の入り口にある唐破風の四脚門で有名。なお、大正7年に那智の滝参道口・沽池と呼ばれるところから発掘された、飛鳥・白鳳時代から鎌倉時代初期にかけての熊野信仰を知る貴重な那智経塚出土品のうち、白鳳、奈良時代の観音菩薩立像、また藤原時代後期の金剛界三昧耶形(曼荼羅を立体的に表現)が国指定重文になっています。


境内からは那智の滝、那智原始林、太平洋の眺めもよく、鎌倉時代の重文・宝篋印塔(4.3m)や梵鐘があります。


8番 長谷寺

長谷寺 本堂 もみじ

長谷寺 回廊 ぼたん

長谷寺 観音万燈会

古来より「隠国(こもりく)の里※」と呼ばれる初瀬。
自然に包まれた初瀬のまちには、豊かな歴史文化資源が残っています。
西国三十三所観音霊場で、桜や牡丹、あじさい、紅葉など一年を通じて「花の御寺」と呼ばれる長谷寺。紫式部・紀貫之・松尾芭蕉など多くの文人が訪れ、今日も信仰の地として賑わっています。


また日本の昔話「わらしべ長者」のお話の中で、主人公の男が長谷寺のご本尊である十一面観音さまにお願いをし、お告げをされたと言われている、霊験あらたかな観音さまです。


※隠国(こもりく)とは、初瀬(泊瀬・はつせ)にかかる枕詞です。奥深い山間に隠れた地のことをいいます。万葉の時代も歌に詠まれています。


隠国の 泊瀬(はつせ)の山の 山の際(ま)に いざよふ雲は 妹にかもあらむ

柿本人麻呂(巻3 四二八)


隠国の 泊瀬(はつせ)の山は 色つきぬ しぐれの雨に 隣りにけらしも

坂上郎女(巻八 一五九三)


11番 深雪山 上醍醐 准胝堂 (醍醐寺)


豊臣秀吉が花見を開催したことから桜の名所としても名高い醍醐寺。


准胝堂の創建は、貞観18年。醍醐寺開山、聖宝理源大師が開山のおり、醍醐水の辺の柏の霊木から准胝観世音菩薩を彫り、その柏の木があった場所にお堂が建てられたのが最初とされる。その後、何度か焼失したがそのつど再建されてきた。


観音堂


現在平成20年8月の落雷が原因による火災によりお堂が焼失したため、下醍醐・伽藍内の観音堂に、准胝観音を安置し、参拝、納経、朱印をお受けしている。尚、毎年5月15日から21日の間、准胝観音総供養として秘仏をご開扉する。開白の15日は准胝観音曼荼供法要、18日に中日法要、21日に結願法要が厳修される。

御詠歌  逆縁も もらさで救う 願なれば 准胝堂は たのもしきかな


宗派 真言宗醍醐派(総本山)

開基 聖宝理源大師

御本尊 准胝観世音菩薩

創建 貞観16(874)年


13番 石山寺

石山寺

石山寺 多宝塔

石山寺 本堂

西国三十三所観音霊場の第13番札所。
奈良時代後期に、聖武天皇の発願により、良弁によって開かれました。広大な境内には、寺名の由来となった天然記念物の硅灰石(けいかいせき)がそびえています。
国宝の本堂・多宝塔をはじめ、経典・聖教類、仏像、絵巻など多くの国宝、重要文化財があります。 


【石山寺多宝塔】

建久5年(1194年)に源頼朝が寄進したと伝えられる日本最古の多宝塔で国宝に指定されています。均整のとれた優美な建築で、内部の柱や天井の廻りなどには仏像や草花などの絵が描かれています。 


【月見亭】

近江八景「石山の秋月」のシンボルとなっている月見亭は、瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、後白河天皇以下歴代天皇の玉座とされていました。


【石山寺豊浄殿】

多宝塔の北西、石山寺の最も高いところにある宝物館。毎年春(3/18-6/30)と秋(9/1-11/30)に開催される「石山寺と紫式部」展では、石山寺に伝わる宝物や紫式部・源氏物語に関連した展示を行っています。

 

14番 三井寺

三井寺

三井寺 背景に三重塔

三井寺の夜桜ライトアップ

天台寺門宗の総本山。境内に天智・天武・持統の三天皇の御産湯に用いられたとされる霊泉(井戸)があることから、「御井(みい)の寺」と称され、後に「三井寺」と通称されるようになりました。国宝の金堂を始め、西国第十四番札所の観音堂、釈迦堂、唐院など多くの堂舎が建ち並び、国宝・重要文化財は一〇〇余点を数える。


滋賀県の中でも有数の桜の名所、三井寺と琵琶湖疏水界隈。4月1日から17日はライトアップされ、夜桜も楽しめます。夜間照明に照らしだされた桜のトンネルは、息をのむほどの美しさです。


16番 清水寺

 清水寺 夕景

清水寺は、778年に延鎮によって開かれました。
平安京遷都以前からの歴史を持つ、数少ない寺のひとつでもあります。798年には、坂上田村麻呂によって伽藍の整備がなされたと伝えられています。


平安時代以降は観音霊場として栄えましたが、1063年以降は何度も火災により焼失しています。 1469年の応仁の乱でも大きな損傷を受けてしまいますが、願阿弥(がんあみ)の尽力により再建されました。 現在の本堂は、1633年に徳川家光の寄進によって再建されたものです。


847年に創建された三重塔は、解体修理後に極彩色の文様が鮮やかによみがえりました。
三重塔としては日本最大級で高さ30.1mあります。内部に大日如来を祀り、密教仏画が描かれています。


30番 竹生島 宝厳寺

琵琶湖に浮かぶ 竹生島 宝厳寺


竹生島宝厳寺は、神亀元年(724年)聖武天皇が、夢枕に立った天照皇大神より「江州の湖中に小島がある。その島は弁才天の聖地であるから、寺院を建立せよ。すれば、国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう」というお告げを受け、僧行基を勅使としてつかわし、堂塔を開基させたのが始まりです。


行基は、早速弁才天像(当山では大弁才天と呼ぶ)をご本尊として本堂に安置。翌年には観音堂建立を発案しました。後年、その遺志を継いだ浅井の大領が千手千眼観世音菩薩像を安置しました。 それ以来、天皇のご行幸が続き、また伝教大師、弘法大師なども来島、修業されたと伝えられています。


竹生島 宝厳寺さらに詳しくは、下記リンクをご覧ください(第一話~第五話)


ZIPANG-3 TOKIO 2020千年の時を経ても人々を惹きつける「琵琶湖八景 竹生島。神秘的な美しさを秘めた島として平家物語にも登場!(第一話)」


ZIPANG-3 TOKIO 2020 聖武天皇への天照皇大神のお告げ「江州の湖中にある小島は、弁才天の聖地である。寺院を建立せよ。国家泰平、五穀豊穣、万民豊楽となるであろう(第二話)」


31番 長命寺

長命寺
ご本尊千手十一面聖観世音菩薩は健康長寿、無病息災を授けて下さる有り難い観音様。本堂三重塔など重文の建つ境内から琵琶湖が一望でき、西国巡礼を始め多くの参拝客でに賑わっています。

長命寺 紫陽花

長命寺は近江八幡市の北西端、長命寺山(333m)の標高約250mの山腹にある寺院。西国三十三カ所第31番札所で、「八千年や柳に長き命寺、運ぶ歩みのかざしなるらん」という詠歌のとおり、「寿命長遠」の御利益があるとされています。3世紀後半から4世紀初頭の景行天皇の時代、武内宿禰(すくね)がこの山で長寿を祈ったといい、開基は聖徳太子と伝えられます。


平安時代前期に寺院の基盤ができたと考えられており、その後、近江守護佐々木定綱(さだつな)が戦死した父の菩提を弔うために、平安時代後期に本堂をはじめ、釈迦堂・薬師堂・太子堂・護摩堂(ごまどう)・宝塔・鐘楼・仁王門などを建立しました。現在の社殿は戦国時代中期に兵火で焼失したあと再建されたものです。


湖岸のそばから808段といわれる長い石段を登ると、諸堂の屋根の線が美しく重なりあっています。千手観音を本尊とし、聖観音・十一面観音・毘沙門天など多くの国指定の重要文化財が安置されており、その他、建造物のすべてが県あるいは市の指定文化財になっているという由緒ある寺院です。四季を通じて多くの参詣者が全国から訪れ、湖辺近くの山腹風景も美しいです。


<重文>

本堂 三重塔 鐘楼 護摩堂 絹本著色紅波璃阿弥陀像 絹本著色勢至菩薩像 絹本著色釈迦三尊像 綿本著色涅槃像 木造千手観音立像 木造 地蔵菩薩立像 木造毘沙門天立像 木造聖観音立像 木造十一面観音立像


32番 観音正寺

観音正寺 本堂

観音正寺 奥之院

開基については人魚の伝説があり、聖徳太子が人魚の哀願によって寺を開いたと伝えられています。 西国三十三所観音霊場の第32番札所として、盛時には33もの子院を擁し絶大な勢力を誇りました。


残念なことに平成5年には旧本堂とともに秘仏本尊も焼失してしまいましたが、平成16年には新本堂の落慶法要が行われ、総白檀の千手千眼観世音菩薩坐像が開眼しました。

●西国三十三所
●近江西国三十三所
●繖五山 


33番 華厳寺

谷汲山 華厳寺 大門

谷汲山 華厳寺

谷汲山 華厳寺 大日如来 


「谷汲さん」の愛称で親しまれる当山は、山号が「谷汲山(たにぐみさん)」、寺号が「華厳寺(けごんじ)」といいます。


寺の草創は桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)で開祖は豊然上人、本願は大口大領です。奥州会津の出身の大領はつねづねより十一面観世音の尊像を建立したいと強く願っており、奥州の文殊堂に参篭して一心に有縁の霊木が得られるようにと誓願を立て、七日間の苦行の末、満願(七日目)の明け方に十四,五の童子(文殊大士と呼ばれる)の御告げにより霊木を手に入れる事が出来ました。霊木を手に入れた大領は都に上り、やっとの思いで尊像を完成させました。


そして京の都から観音像を奥州へ運んでいこうとすると、観音像は近くにあった藤蔓を切って御杖にして、御笠を被り、わらじを履いて自ら歩き出しました。途中、美濃国赤坂(現:岐阜県大垣市赤坂)にさしかかった時、観音像は立ち止まり、


「遠く奥州の地には行かない。
我、これより北五里の山中に結縁の地があり、其処にて衆生を済度せん」


と述べられ、奥州とは異なる北に向かって歩き出しました。

そうしてしばらくした後、谷汲の地に辿り着いた時、観音像は歩みを止め、突然重くなって一歩も動かなくなったので、大領はこの地こそが結縁の地だろうと思い、この山中に柴の庵を結び、三衣一鉢、誠に持戒堅固な豊然上人という聖(ひじり)が住んでいたので、大領は上人と力を合わせて山谷を開き、堂宇を建てて尊像を安置し奉りました。すると堂近くの岩穴より油が滾々と湧き出し尽きることが無いので、それより後は燈明に困ることが無かったといいます。


三つの朱印の由来

宝印とはいわゆる御朱印のことで、仏を示す梵字に蓮花台や火焔光背を添え、その上に「大悲殿」と墨書し、右肩には「奉拝」、左下には山号または寺号書き添える。(「大悲殿」は観音霊場の一般例)朱印とはもともと寺院に教典を書写して納めた時に戴く受領書のようなものであった。よって朱印帳を「納経帳」といい、御朱印を受けるところを「納経所」と呼ぶ。 当山では西国三十三番の結願札所として花山法皇が詠まれた御製三首の御詠歌にちなんで三つ御朱印を行っております。また三つの御朱印とは本堂(観音堂)・満願堂、笈摺堂を指し、それぞれ現世・過去世・未来世を意味するとされています。



参考

令和元年度「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果の発表及び認定証の交付について

令和元年度「日本遺産(Japan Heritage)」の認定については,「日本遺産審査委員会」の審議を経て下記一覧表の16件が新たに「日本遺産(Japan Heritage)」に認定されるとともに,以下のとおり,令和元年度「日本遺産(Japan Heritage)」認定発表及び認定証交付式が行われました。


令和元年度日本遺産認定発表及び認定証交付式
日 時:令和元年5月20日(月)
場 所:東京国立博物館平成館 大講堂

 

編集後記

令和元年認定の日本遺産は16件ありますが、これまでにご紹介したことのあるご寺院が幾つか含まれておりましたので、

標題の 「西国三十三所観音巡礼~1300年つづく日本の終活の旅~」につきましては、 歳甲斐もなくついつい嬉しくなって16件中トップバッターとして最初にご紹介して仕舞いました。悪しからず…


これから、機を見てできる限り順番※に本年令和元年認定日本遺産についてご紹介して参りますが、急ぎのトピックスも入ったり、時間もかかることと思いますので、気長にご笑覧下さい。


※但し、本ウエブサイトでも以前にご紹介したところが何件か含まれておりますので、重複する対象の記事は省かせていただきます。御了承頂けますように。


明日、明後日の天気予報は
本格的な夏日が襲来するそうです。皆様どうぞ熱中症対策を万全に。 



鎹八咫烏 記
伊勢「斎宮」の明和町観光大使



協力(順不同・敬称略)

西国三十三所札所会事務局 京都市中京区新町通り三条上ル町頭町112菊三ビル501号室
TEL/077-548-8621

本間写真館 奈良県桜井市大字初瀬754-2 電話0744-47-7031

那智山 青岸渡寺〒649-5301 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8 電話 0735-55-0401

熊野三山協議会事務局
〒647-8555 和歌山県新宮市春日1-1 新宮市役所商工観光課内 TEL: 0735-23-3333

華厳寺 〒501-1311 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23電話0585-55-2033

公益社団法人びわこビジターズビューロー
〒520-0806滋賀県大津市打出浜2-1「コラボしが21」6階 電話 077-511-1530

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〒523-0864 滋賀県近江八幡市為心町元9番地1(白雲館内)TEL:0748-32-7003

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長浜市役所 〒526-0031 滋賀県長浜市八幡東町632 電話: 0749-62-4111

一般社団法人 岐阜県観光連盟
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竹生島 宝厳寺 〒526-0124 滋賀県長浜市早崎町1664−1TEL:0749-63-4410

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ZIPANG-3 TOKIO 2020

2020年東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この機会に、世界の人々にあまり知られていない日本の精神文化と国土の美しさについて再発見へのお手伝いができればと思います。 風土、四季折々の自然、衣食住文化の美、神社仏閣、祭礼、伝統芸能、風習、匠の技の美、世界遺産、日本遺産、国宝等サイトを通じて平和な国、不思議な国、ZIPANG 日本への関心がより深かまるならば、私が密かに望むところです。

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